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てんき
筋金入りの「お天気屋さん」です。空模様の「天気」だけでなく、人生の「転機」や言葉の由来など、古今東西のいろんな「てんき」を探求・記録しています。
晴れの日も雨の日も、ふらりと雨宿りする感覚でお立ち寄りください。 あなたのよき「てんき」になりますように。

「朝焼けは雨、夕焼けは日和」って世界共通?聖書とシェイクスピアも見ていた空のサイン

朝、カーテンを開けた瞬間に広がる、息を呑むような紅色の空。

「うわあ、綺麗な朝焼け……」とうっとり見とれていると、隣から「今日は傘を持っていったほうがいいよ」と声がかかる。

昔から日本で言い伝えられてきた観天望気の代表格、「朝焼けは雨、夕焼けは日和(晴れ)」。

以前、夕焼けの翌日が晴れる確率が7〜8割にも達する科学的なからくりをお話ししました。

でも、天気の言葉や文学の歴史をいろいろ追いかけてきた私の頭に、またしても世界を股にかけるような疑問が湧いてきてしまったのです。

これって、日本だけのローカルな知恵なのでしょうか。

海を越えた遠い外国でも、人々は同じように朝の赤を恐れ、夕暮れの赤を喜んでいたのか。

気になって調べてみたら、なんと二千年前の『新約聖書』や、かの文豪シェイクスピアの詩集の中にまで、まったく同じ空のサインが刻まれていたのです。

机の上に英語のことわざ辞典や古い古典のページを広げて、洋の東西を結ぶ不思議な赤い空の旅へ出かけてみました。

目次

英語圏の船乗りたちが口ずさんだ、有名な韻文

まず英語圏の言い伝えを覗いてみると、驚くほど親しまれている定番のマザーグースや水夫の唄に出会います。

「Red sky at night, sailor’s delight.

Red sky in the morning, sailor’s warning.」

(夜の赤い空は、船乗りの喜び。

朝の赤い空は、船乗りへの警告)

「night(夕暮れ・日没)」と「delight(喜び)」、「morning(朝)」と「warning(警告)」が心地よく韻を踏んでいて、思わず口ずさみたくなるリズムです。

地域によっては「船乗り(sailor)」が「羊飼い(shepherd)」に入れ替わったりもしますが、言っている内容は日本の「朝焼けは雨、夕焼けは日和」と完全に一致しています。

大航海時代、荒れ狂う大海原に船を出していた船乗りたちも。

広大な牧草地で嵐から羊の群れを守らなければならなかった羊飼いたちも。

みんな揃って、朝の空が赤く染まるのを見ては「嵐が来るぞ、気をつけろ!」と身構えていたのです。

二千年前のイエス・キリストも引用していた

この言い伝えの歴史は、近世の航海者たちよりもはるかに古い時代へと遡ります。

なんと、キリスト教の聖典である『新約聖書』の「マタイによる福音書(第16章)」の中に、その情景がそのまま残されていました。

宗教指導者たちから「天からのしるしを見せてみろ」と挑発されたイエス・キリストが、民衆に向かってこう切り返す場面です。

「あなたがたは夕方には『空が赤いから晴れる』と言い、朝には『空が赤く曇っているから今日は嵐になる』と言う。このように空の模様を見分けることは知っていながら、時代のしるしは見分けられないのか」

二千年前の地中海沿岸に生きていた古代の人々にとって、「夕方の赤は晴れ、朝の赤は嵐」というのは、誰でも知っている当たり前すぎる常識でした。

イエスはその「誰もが知る日常の知恵」をたとえに出して、人々の心の鈍さを諭したのです。

日本列島と古代イスラエル。

言葉も文化も信じる神もまったく違うふたつの場所で、人々が同じ空を見上げて同じ結論に達していた事実に、なんだか鳥肌が立ってしまいます。

シェイクスピアが描いた、不穏に燃える朝の赤

さらに時代が下り、16世紀末のエリザベス朝イングランド。

劇作家ウィリアム・シェイクスピアが1593年に発表した長編詩『ヴィーナスとアドーニス』のなかにも、この空が鮮烈に描かれていました。

「Like a red morn, that ever yet betoken’d

Wrack to the seaman, tempest to the field,

Sorrow to shepherds, woe unto the birds」

(まるで、赤く染まる朝のようだ。

それはいつだって船乗りに難破を、畑に嵐を告げ、

羊飼いには悲しみを、鳥たちには災いをもたらす)

愛の女神ヴィーナスの情熱を拒み、不吉な予感を漂わせながら口を開く美青年アドーニスの唇を、シェイクスピアは「嵐の前触れである赤い朝空」にたとえたのです。

文学の世界でも、朝焼けの赤は「美しさ」であると同時に、「平穏を脅かす不吉な予兆」として人々の心に深く刻み込まれていました。

地球が回っているから。世界をつなぐ偏西風の科学

なぜ、ユーラシア大陸の西端であるイギリスや地中海でも、東の端にある日本でも、まったく同じことわざが成立したのでしょうか。

その答えは、地球の自転が生み出す大気の物理法則、「偏西風」にありました。

日本も、中東も、ヨーロッパも、地球の中緯度帯に位置しています。

そこでは一年中、上空を強い西風が吹き抜けており、低気圧も高気圧も、基本的にすべて「西から東へ」と進んでいきます。

朝、東の地平線から太陽が昇るとき。

東の空が赤く焼けているということは、東側(すでに通り過ぎていく側)の空が澄んでいて、西側(これからやってくる側)の空には水蒸気たっぷりの分厚い前線や雨雲が近づいていることを意味します。

東から昇る朝日が、西から迫り来る雨雲の底を赤黒く照らし出している状態。

だからこそ、「朝焼けが見える=数時間後に西から雨雲が頭上を覆う」という物理的な必然が起きるのです。

国境や言語の壁を軽々と飛び越えて、同じ知恵が世界中に根づいていた理由。

それは、私たちが「同じひとつの大気の流れの下で、同じ地球の自転を感じながら暮らしていたから」だったのでした。

同じ空を見上げていた、何十億の仲間たち

机の上の洋書を閉じて、冷えた指先を温かいマグカップで温めました。

「朝焼けは雨、夕焼けは日和」

たったそれだけの短い言葉。

けれどその奥には、地中海の漁師も、イングランドの羊飼いも、江戸の農民たちも、何千年ものあいだ同じように頭上を仰ぎ、命を守り、明日を占ってきた記憶がぎっしり詰まっていました。

歴史や宗教の違いで争い合ったり、遠い国の出来事をどこか他人事のように感じてしまったりする私たちですが。

ふと空を見上げたとき、そこに広がる物理現象と、それを見つめて胸をざわつかせる人間の心は、驚くほど昔からひとつに繋がっていたのです。

もし明日の朝、息を呑むような真っ赤な朝焼けに出会ったなら。

「あ、今日は傘を持っていこうかな」と鞄を確かめながら、遠い異国や大昔の人たちの眼差しを、そっと思い出してみてください。

時間も場所も越えた無数の先人たちが、あなたと同じように空を見上げて、小さく頷いている気配が感じられるかもしれません。

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