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てんき
筋金入りの「お天気屋さん」です。空模様の「天気」だけでなく、人生の「転機」や言葉の由来など、古今東西のいろんな「てんき」を探求・記録しています。
晴れの日も雨の日も、ふらりと雨宿りする感覚でお立ち寄りください。 あなたのよき「てんき」になりますように。

「小春日和」はなぜ春じゃない?辞書と暦をめくって見つかった、冬の入り口のあたたかな贈り物

まだ肌寒い2月や3月の初め、ふと風がやんでぽかぽかと暖かくなった日。

「今日はいい小春日和だね」

そんな風に誰かが言っているのを耳にしたり、自分でも口にしてしまったりしたことはありませんか。

名前に「春」という文字が入っているのだから、春先のあたたかい陽気のことだと思うのは、とても自然なことです。

でも、天気の言葉をいろいろ調べてきた私の手元で、またしても辞書がいたずらっぽく微笑んでいました。

「小春日和は、春の言葉ではありません」

えっ、春じゃないの?と、思わず声が出てしまいました。

春ではなく、なんと木枯らしが吹き始める「初冬」の言葉だったのです。

春という漢字を堂々と掲げておきながら、なぜ冬の初めの空模様を指すのでしょうか。

気になって仕方がなくなり、机の上に暦の本や文化庁の調査データを広げて、この愛らしい言葉の迷子っぷりを確かめてみることにしました。

目次

辞書が語る、本来の「小春」の居場所

まずは手元にある国語辞典で、「小春日和(こはるびより)」の項目を引いてみました。

そこには、はっきりとこう書かれています。

「初冬のころの、春のように暖かく穏やかな晴天」

初冬、つまり今のカレンダーで言うと11月から12月のはじめ頃のことです。

秋の紅葉が散り始め、朝晩の冷え込みが厳しくなって、「いよいよ冬がやってくるんだな」とコートを引っ張り出すような季節。

そんな張り詰めた寒さの合間に、ふっと訪れる、まるで春が戻ってきたかのようなあたたかい日。

昔の人は、その奇跡のようなぬくもりのある晴天を「小春日和」と名付けたのでした。

春先に使う言葉だと思い込んでいた私にとって、季節がまるごと反対側にあった事実は、なかなかの衝撃でした。

文化庁のデータに見る、現代人の素直な勘違い

「でも、春先に使っている人、周りにもたくさんいる気がする……」

そう思って、文化庁が発表している「国語に関する世論調査」のデータを調べてみました。

すると、まさに現代のリアルな実態が数字にくっきりと表れていたのです。

「小春日和」の意味を尋ねた調査では、こんな結果が出ていました。

・本来の意味である「初冬の頃の、穏やかで暖かな天気」:51.7% ・「春先の頃の、穏やかで暖かな天気」:41.7%

なんと、4割以上の人が「春先の天気」と答えていたのです。

さらに年代別のデータを見てみると、20代以下の若い世代では、「春先」と答えた人のほうが多数派を占めていました。

そりゃあそうですよね。

「小さい春の日和」と書かれていたら、まだ本格的な春には届かない、早春のささやかなあたたかさを思い浮かべてしまうのが人情というものです。

決して誰かがいい加減に使っていたわけではなく、漢字の持つイメージがあまりに魅力的だったからこそ起きた、愛らしい勘違いだったのだと分かります。

旧暦の仕組みが教えてくれる「小春」の正体

では、昔の人はなぜ、冬の始まりに「小さな春」を見出したのでしょうか。

その鍵は、かつて日本人が使っていた「旧暦(太陰太陽暦)」のリズムにありました。

旧暦の世界では、1年を3か月ごとに四季へ分けていました。

・7月・8月・9月=秋 ・10月・11月・12月=冬

そう、旧暦の10月は、カレンダーのうえではもう立派な「冬」の始まりだったのです。

ところが、今の11月頃にあたるこの時期、厳しい冬将軍がやってくる前に、移動性高気圧に覆われてぽかぽかと穏やかに晴れる日が続きます。

冬に入ったはずなのに、まるで春のような陽気。

そこから古代の人々は、旧暦10月のことを「小春(こはる・しょうしゅん)」という風流な別名で呼ぶようになりました。

鎌倉時代の吉田兼好も、名著『徒然草』のなかでこう書き残しています。

「十月は小春の天気、草も青くなり梅もつぼみぬ」

冬の入り口なのに、草が青々と茂り、春の花である梅がつぼみをつける。

そんな自然の無邪気なフライングを、昔の人たちは「小さな春がやってきた」と微笑ましく眺めていたのです。

時候の挨拶に見る、正しい使いどころ

手紙やメールの時候の挨拶でも、「小春日和」はとてもよく使われます。

手紙の作法書を開いてみると、この言葉を使っていいのは「11月中旬から12月上旬にかけて」と決まっています。

「小春日和のうららかな毎日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか」

こんな風に書き出すのは、まさに晩秋から冬へとバトンが渡される頃。

もし2月や3月の手紙に「小春日和ですね」と書いてしまうと、手紙のマナーとしては季節外れになってしまいます。

ちなみに、年が明けた1月や2月の真冬にぽかぽかと暖かくなった日は、なんて呼べばいいのでしょうか。

歳時記をめくってみると、ちゃんと別の美しい言葉が用意されていました。

「冬日和(ふゆびより)」や「寒日和(かんびより)」。

そして春先になって暖かくなってきたら、それはもう「小春」ではなく、堂々と「春日和(はるびより)」と呼べばいいのだそうです。

日本語は本当に、季節のほんの少しの温度差も見逃さずに名前をつけてくれていますね。

厳しい冬を前に、天がくれた優しい深呼吸

机の上の資料をパタンと閉じて、窓から差し込む陽だまりに手をかざしてみました。

手のひらがじんわりとあたたかくなって、冷えていた指先がゆっくりとほどけていきます。

これから寒くて厳しい冬がやってくることを知っているからこそ。

その直前に訪れる、ぽかぽかとした陽だまりのぬくもりが、昔の人たちにとってもたまらなく愛おしかったのでしょう。

「これから寒くなるけれど、その前にちょっと一休みしていきなさい」

天がそう言って、あたたかいお茶を差し出してくれているような時間。

それが、「小春日和」という言葉の本当の心だったのかもしれません。

もし今年の初冬、冷たい風の合間にふわりと暖かな日差しを感じたら。

「あ、空の上に小さな春が遊びに来てくれたんだな」

そんな風に空を見上げて、冬の前の優しい深呼吸を、のんびりと味わってみてはいかがでしょうか。

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