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てんき
筋金入りの「お天気屋さん」です。空模様の「天気」だけでなく、人生の「転機」や言葉の由来など、古今東西のいろんな「てんき」を探求・記録しています。
晴れの日も雨の日も、ふらりと雨宿りする感覚でお立ち寄りください。 あなたのよき「てんき」になりますように。

「日本晴れ」って気象庁の用語にある?辞書と歴史から見えてきた、江戸っ子の粋な晴れ姿

見上げる空に、ちぎれた雲ひとつ浮かんでいない秋の朝。

「いやあ、見事な日本晴れだね!」

そんな風に誰かが言うのを聞くと、それだけで胸のすくような気持ちになります。

ただの「晴れ」ではなく、わざわざ国の名前を冠した「日本晴れ」。

青空の最高峰、これ以上ないパーフェクトな青空という響きがありますよね。

でも、天気の歴史や言葉の成り立ちをいろいろ追いかけてきた私の頭に、またしても素朴な問いが浮かんできました。

そもそも気象予報の世界で、「日本晴れ」って正式に決められた基準があるのかな、と。

「快晴」や「晴れ」みたいに、雲の量でビシッと決まっているものなのでしょうか。

気になってそわそわが止まらなくなり、気象庁の専門データや国語辞典、さらには江戸時代の古い記録をごそごそと調べてみることにしました。

目次

気象庁のルールブックを開いて、見つけた意外な事実

まずは一番確実なところから確かめようと、気象庁が定めている天気の定義を調べてみました。

空全体を「10」としたときに、どれくらい雲が浮かんでいるかという「雲量(うんりょう)」の基準です。

・雲の量が0〜1割:「快晴」
・雲の量が2〜8割:「晴れ」
・雲の量が9〜10割:「曇り」

空の8割が雲で覆われていても「晴れ」に分類されること自体、なかなか大らかな基準で面白いのですが。

問題の「日本晴れ」という文字を、気象庁の専門用語集のなかで必死に探してみました。

……どこにも載っていません。

そう、天気予報や気象観測の公式な基準において、「日本晴れ」という気象用語は存在しないのです。

科学的な観測データではなく、あくまで日常会話や文学のなかで愛されてきた、情緒豊かな慣用表現だったのでした。

辞書が語る「雲ひとつない空」と、もうひとつの意味

では、言葉を預かる国語辞典ではどう定義されているのでしょうか。

『日本国語大辞典』をめくってみると、こんな解説が並んでいました。

「雲ひとつなく、快く晴れわたった空模様」

やっぱり、私たちがイメージする通りの「雲量ゼロ」の完璧な青空です。

ところが、そのすぐ下に書かれていたもうひとつの語釈に、思わず目が留まりました。

「心にわだかまりがまったくなく、晴れ晴れとしていること」

空模様だけでなく、人の心についても「一点の曇りもない爽快な状態」を指して、日本晴れと呼んでいたのです。

前回調べた「晴れ」の原義が「心がパッと開くこと」だったように、ここでも空と心がぴったりと寄り添っていました。

では、なぜ「東京晴れ」でも「大晴れ」でもなく、「日本」という言葉がくっついたのでしょうか。

江戸の町人たちが生み出した「日本一!」の誉め言葉

歴史を江戸時代まで遡っていくと、この言葉が生まれたとても陽気な背景が見えてきます。

江戸時代の庶民たちのあいだでは、何か素晴らしいものや豪勢なものに出会ったとき、「日本一(にっぽんいち)」と褒めそやす流行がありました。

歌舞伎の舞台で名役者が登場したときに客席から「日本一!」と大声が飛ぶ、あの威勢のいい空気感です。

そんな江戸っ子たちが、どこまでも突き抜けるように澄みわたった青空を見上げたとき。

「おいおい、今日の空は日本一の見事な晴れっぷりじゃないかい!」

そんな風に、最高の賛辞として「日本一の晴れ=日本晴れ」と呼び始めたのが、この言葉の始まりだったと言われています。

客観的な気象データではなく、見上げた人の胸を打った圧倒的な爽快感。

それを威勢よくたたえる、江戸の人々の粋で明るい感性が生み出した言葉だったのです。

科学の数字には収まらない、空と心のシンクロ

気象観測の機械にとっては、雲の量がゼロだろうが1割だろうが、ただの数値の測定にすぎません。

でも、人間が地上から見上げる空には、数字だけでは割り切れない情緒が宿ります。

風が吹き抜けて、視界の端から端まで真っ青なドームが広がっているのを見たとき。

胸の奥にあったモヤモヤや小さな悩みごとが、ふーっと風にさらわれて、どこかへ消えていくような感覚。

「ああ、今日は日本晴れだなあ」としみじみ口にするとき、私たちは空の雲の少なさを褒めているだけではないはずです。

その青空の広大さに包まれて、自分の心のなかも一緒に澄みきっていく心地よさを味わっているのではないでしょうか。

機械がどんなに正確に天気を測れるようになっても、この言葉が天気予報のテロップに載らない理由が、なんだかよく分かる気がします。

どこまでも澄んだ青空を、胸のなかに広げて

机の上のメモを整えて、伸びをしながら窓の外を見上げてみました。

遠くの山並みまでくっきりと見渡せるような、気持ちのいい青空。

昔の江戸の人たちも、長屋の路地からこんな空を見上げて、「やあ、日本晴れだ」と手拭いで汗をぬぐっていたのかもしれません。

もし今日、あなたの頭の上にそんな雲ひとつない空が広がっていたなら。

難しいことはぜんぶ一度忘れて、胸いっぱいに秋の空気を吸い込んでみてください。

そして、外がたとえ曇り空だったとしても。

温かいお茶を飲んで、ふっと肩の力を抜いた瞬間に訪れる、あの静かで穏やかな心の凪。

そんな「心の中の日本晴れ」を、いつでも大切にポケットに忍ばせておけたら素敵ですね。

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